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●年月表

(1999.7)皇帝ゴルモア倒される
(1999.7)SigePerilous (上級Shard)Open
(1999.7)クリーンアップ・ブリタニア・キャンペーン(Bress Deed登場)
(1999.7)熊鹿War
(1999.8)ロードブリティッシュ来日
(1999.9)UOマクロ大幅拡張(UOAに類似した機能その他の搭載)、Young実装
(1999.9)Izumo Open
(1999.10)UOAssist認可
(1999.11)skill管理実装(Up,Down,Stop)、Runeブック実装、ポーション樽実装その他


●流れ

(1999.5)
当時の戦争屋の大半はWarを去っていったが、Yamato大戦によりWarに目覚めた第二世代のプレイヤー達が育っていった時代。
ScVそのものはWarを撤退したが、ScVを構成していたギルドのうちの1つ、J99はN99として改めて戦争を継続する。
大勢力のN99はyamato大戦後に残っていたSDK,RoD(RoDは敗戦後、N99に吸収された)そして新興勢力のSDやnWo連合(nWo+SLS+DF)等を次々と下し蹂躙また蹂躙をほしいままにしていたが、その後、突如現れた大勢力=J=がN99に宣戦布告。ここから、後に1ギルドにつき"Actで"30人以上、多い時で4,50人以上といった、大規模ギルドが連日連夜ぶつかり合った「大規模War時代」(殆どカラーギャングのノリだったのでカラーWarとも呼称された)と呼ばれる時代へと突入していく。
そこに更に、N99に苦境に立たされていた小規模WarギルドのAPSはDFを雇い、APSと同じような境遇だったギルド+D+と同盟して大規模Warに参戦し3つ巴となった。

(1999.6)
APSと+D+が合併。2Guildは石統合し、DAPとなった。ChaosのN99と=J=はお互いに宣戦しており、OrderのDAPはそこに割り込む形で戦争が続いた。
同月下旬、元ScVのUnicorn氏率いるChaos Guild、HH出現。
N99 vs =J= vs DAP、DAP vs HH。
DAPに厳しい構図になった。

(1999.7)
=J=、Guild Stornバグにより、タグが*J*となった。
DAP、DF撤退後Act低下&+D+とAPS分裂により解散。
代わりにHHがN99,=J=に宣戦し3つ巴を形成する。
次いで北斗から遠征してきたSM!が参戦。4つ巴となる。

(1999.8)
再生したSLSが参戦し5つ巴に。しかし月末に、良くも悪くもYmt大規模War時代を引っ張っていったN99が解散。

(1999.9)
SM! は北斗に撤収。HHはAct低下により解散。
残った大規模は*J*、SLSのみとなる。
そこにLSPが中小規模から大規模Warへと参戦するがすぐに解散してしまう。
SLSのActは低下。こうして、大規模Warは収束していった。

(1999.10)
UOAが認可される。UOAは操作が大幅に簡略化されるマクロツール。以下、どのように操作が簡略化されたのかを簡単に説明する。

それまではラストターゲットなんて概念すら無く、魔法は逐一相手にあわせ、パラライズやBOXされたときはCtrl+矢印キーを押しキャラクターを走らせながらマウスで赤POTやAPBを使用し、包帯も勿論直接アイテムをダブルクリックし自分にターゲット。爆弾などはバックパック内に重ね置きしてラストオブジェクトを連打していた。武器装着はバックパックからペーパードールへマウスドラッグ、武器外しはPDでマウスをクリック&ドラッグし自キャラクターにドロップさせていた(なので絵柄が大きく最大ダメージを与えられるハルバード使いばかりだった)。

Wandは武器を装備したままPDをWクリックして使うし、テレポリングの使用に至っては、あの小さいリングを直接Wクリックして使用するものだから超高難度技だった。

それらの動作がみなボタン1発で行えるようになったのだ!

当時からするとあまりに便利だったUOAの使用を巡り論争が巻き起こる。対人においては特にアンチUOA派が多かったが、結局はUOAを駆使した対人技術も進み戦闘がスピーディーになり、ひいてはUOA使用者とそうでない者の格差が進んだ事もあり、時の流れと共にUOAは対人において必須ツールとなっていった。

さらにUOオフィシャルの仕様でもUOAの機能を模範した、ラストターゲットや武器着脱その他マクロが実装され、UOAマクロとUOマクロを組み合わせる事によりエンドユーザー側のマクロの開発が進んだ。結局、マクロの仕様を理解し、独自の工夫でマクロを開発して他者をリードするのもPlayer skillのうちの一つとなった。


●当時のWar Guild

[N99]…1番目の大勢力。J99はそれまではScVを構成するギルドだったがyamato大戦終了後もYamatoに残りN99と名称を改め戦争を継続。Chaosギルド。GMはStGIGA氏。ギルドカラーは青。(因みにJ99そのものはDiabloから続くネットゲームサークル的Guildであり、ScVに参加していた99はいわゆる武闘派だけだった)

[=J=]…2番目の大勢力。N99に対抗すべく立ち上がった元SDKのrami氏率いるWarGuild。Chaos。ギルドカラーは赤。

[DAP]…3番目の大勢力。SUREN(つまり私)率いるAPSと、KOIさん(TDのserpico)率いる+D+が同盟し後に合併、石統合した際に出来たギルド。ここにDFを向かえN99,=J=に挑んでいった。Order。ギルドカラーは黄緑(APSの黄色と+D+の深縁)。

[HH]…4番目の大勢力。Chaos Guild。GMは元ScVのUnicorn氏。ギルドカラーは黒とオレンジ。

[SM!]…5番目の大勢力。yamato大戦終了後、+D+に招かれていたStroさんが、改めてhokutoのWarメンバーを引き連れyamatoに遠征してきた。ギルドカラーは薄紫。

[SLS]…SLSは一度敗戦したが再び復活し6番目の大勢力として再登場。GMはALCANFEL氏。圏内を主眼とし弓を大々的に取り入れていた。ギルドカラーはこの当時は白(後に紫に)。

[LPS]…中小規模Warを卒業し、7番目に大勢力に移行したギルド。GMはriin氏。

[DF]…この頃GMのseturaさんはAct低下中で、実質Sub GMのfourさんがGuildを運営。

[SD]…+D+の前身。

[SDK]…

[RoD]…

[nWo]…ワールドニューオーダー。SLSと連合を組みDFを雇いN99に挑んでいった。

※その他、この頃に活動していた小規模WarGuildに関しては数が多すぎる為に省略しました。次の時代解説でまとめて紹介します。


●この頃の思ひ出

(1999.4)
それまで使用していたメインキャラ[soujii]はスキルシーソーに失敗してスキルがぐっちゃぐちゃになってしまったので新キャラクターを作成しました。
長年メインキャラに据える事となるWarキャラSUREN誕生です。
あまりに使用期間が長く、他のキャラクターを使っていてもSURENといわれるようになった事からネットゲーム全般のHNもSURENにしました。
名前の由来は、Warといったらレトロゲーム「ボコスカウォーズ」 だよね(←?) って事で、その主人公スレン王国スレン王から。ボコスカといったらメイスっぽいよなぁという事で、得物はメイスに拘っていました。

さて、Warがしたかった私は仲間を集め、War Guild、APS を立ち上げました。正式名称「AGAPES」。
意味は”真実の愛”となんだかご大層ですが、副GMだったJuliusの手元に転がってた漫画からとっただけでした、ははは。

で、何処と戦争しようかと策定を進めていたあくる日の事、ディシートで遭遇したN99から「ウセロ一般人!」「戦争の邪魔だ!」「そこどけ!雑魚!」だの何だのと暴言を吐かれました。血気盛んで若かった私はディスプレイを殴るほどにぶっちぎれ、「腐れN99許すまじ」という戦時標語を掲げ、N99にイキナリ宣戦し、そのままWarに突入してしまったのです(そう、APSはSURENのワンマンギルド、且つ若き日のSURENは血沸き肉踊る暴走GMだったのです!)。

(1999.5)
対人Newbieギルドがイキナリ当時最強のギルドに喧嘩を売るという暴挙を果たしたSUREN率いるAPS。当時のN99は30人以上、APSは10人以下と全くお話にならず、そこでDFを雇おうと思いDFチャンネルに伺った先に居たのは+D+のkimagureさん。+D+はDSの流れを汲む、APS同時期に出来たWarギルドで同じくN99に劣勢に立たされていた為、その場で即同盟の話が持ち上がり流れるように同盟締結、当初の2週間程は、IRCは一緒、石は別々という形でWarをしていましたが、石統合しないと不便だねってことで、+D+とAPSで石統合の運びとなりDAPSに。そこに更にDFを加えたDAPは40人強の勢力になり改めてN99、加えて=J=に戦いを挑みました。

DAPにおけるWar経験者の人材としては、APS側はSDKのGMであったMasakiさんや、同じくSDKでその後APSの参謀として大いに助力を貰う事となるCQ(CraneQuin)さんを迎え、一方の+D+側からは元KRSで、Yamato大戦終了後+D+に助っ人に来ていたStroさん、そしてDF (特にfourさんにはお世話になりっぱなしでした。因みに後年のIVのGMであるfour氏とは別人です) の助力を貰い、DAPはWarGuildとしての体裁を整えていくも…。

DFや一部の経験者以外は皆War素人。N99や=J=には到底勝てない上、DAPだけHHと宣戦している為に勢力図的にも劣勢で、更に潰しあいWar盛んなこのご時世において、99からありとあらゆる暴言、誹謗中傷、罵りがBBSに繰り返し行われ、DAP側は士気が下がりつづけActが低下していく上、Stroさんは途中でDAPを抜けSM!を立ち上げ、DFは期間期間終了に伴い撤退。

大勢力を維持できなくなったDAP。しかし私は戦争継続の意思を示しゲリラ戦を続けるものの、一人の+D+のメンバーがとある事件を起こし、それを批難するAPS側と擁護する+D+側と真っ二つに分裂し、APSでも+D+でもないDAPのメンバーはそれが原因で次々と脱退し修復の目処が立たなくなる。
こうして、時は1999年7月、アンゴルモア大王降臨で世界が滅ぶと巷が騒ぐ頃、DAP瓦解の憂き目にあいました。

その後+D+は単体でWarを継続し中小規模Warへ移行。
APSはというと、メンバーは皆戦争を継続したがっていましたが、GMの私がWar時の廃Actの反動と過酷な戦争を巡る心労で疲れ果て、隠居に伴いAPS解散宣言。共に戦ったAPSの皆はというと・・・。
SubGMのJuliusは[NDK]
Marlboroは[+D+]
kenrouとTakaは[LSD]
CQさんは[*J*]
またMasakiさんやその他のメンバーは皆何処へと去り(要は消息不明。うち別ゲーム武勇伝の繋がりでAPSに入ってくれたhourinとNATとfarasisさんはWarを去り、KENSHINさんはAsukaへと帰りました)、私たちの短く太い夏は終わりを迎えたのでした。

その頃のユーザーイベントとしては熊鹿War。
Ryudo氏(KRS6代目GM)とsilvia@RoSが主催。内容は、熊マスク陣営と鹿マスク陣営に分かれてヒスロスで大将戦を行うという物でした。silviaとは旧友であった為、私は熊陣営で参戦しました。
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